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【学生フォーミュラ第5弾】学生フォーミュラが育んだ"人間力"~完成したのは車だけじゃない~

2025.12.26

もしあなたが、未来の自動車産業を担う人材を探しているとしたら。

その原石は、油と火花が散る、この場所で磨かれている。

 

「学生フォーミュラ経験者」

この経歴を持つ学生たちが、なぜ自動車業界から熱い視線を集めるのか。それは、彼らがマシンを作る過程で、技術だけでなく、将来にわたって通用する強力な「武器」を手に入れるからだ。

 

学生フォーミュラ 整備士

 

これから語るのは、教科書では決して学べない「社会人基礎力」が、いかにして「学生フォーミュラ」の中で鍛え上げられていくのか。その秘密を解き明かす物語である。

前回の記事はコチラ

 


「就職のため」計算高い動機が、本物の熱狂に変わるまで

 

意外にも、この過酷なプロジェクトへの参加動機は、誰もが最初から高尚な志を持っていたわけではない。

例えば、統括リーダーを務めたHさんの動機は、極めて現実的で冷静なものだった。

 

「私には大した理由はなくて、就職のためです。ストレスのかかるプロジェクトの中でリーダーを務め、周りを統括する経験が欲しくて参加しました」

 

いわば「履歴書を埋めるため」の参加。企業の採用担当者が好む「リーダーシップ経験」を手に入れるための、戦略的な選択だった。

しかし、その計算高い動機は、プロジェクトが進むにつれて計算外の熱狂へと変わっていった。

 

「やり始めたらすごく楽しくて、今は夢中になってやっています」

 

Hさんが手にしたものは、面接で話すための小手先のエピソードではなかった。それは、どんな修羅場でも動じない、本物の「胆力」だった。

 

「大きな壁に直面した時に、挫折するのか、乗り越えるのか。学生フォーミュラで『どんな壁にぶつかっても、モチベーションを保って挑めばいつかは越えられる』という成功体験を得られたことは、今後のキャリアにおいても大きな財産になると考えています」

 

実際、Hさんは大会直前に発生した「CAN FD」という前例のない技術的課題に直面した。ネットを調べても情報が出てこない。他大学に聞いても「知らない」という状況。それでも諦めず、プロの技術者と週に一度会議を重ね、ヒントを元に自分たちで考え抜き、解決策を見出した。

きっかけは打算でも構わない。

重要なのは、いざゴールに立った時、どんな逆境にも負けないエンジニアとしての「太い骨格」が形成されているかどうかなのだ。

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「遊び」じゃない プロ顔負けの安全意識

 

EV(電気自動車)チームのパワートレインリーダー、Sさんが学生フォーミュラに入ったきっかけは、趣味の「ラジコン」だった。

「ラジコンが好きだから、実車も作ってみようかな」という軽い気持ち。しかし、実際に開発現場に立った時、彼のアマチュア気分は一瞬で吹き飛んだ。

 

彼が担当するのは、ミスをすれば命に関わる「高電圧」を扱うセクションだ。EVのバッテリーは最大600V、一般家庭のコンセントの6倍もの電圧を持つ。見えない電気という存在に、Sさんは徹底的に向き合った。

 

そこで彼が最優先したのは、「速さ」よりも「安全」だった。

 

「電気は目に見えません。だからこそ、誰が見ても『今は危険な状態だ』と分かるようにする必要があります。高電圧作業中は必ずオレンジ色の専用手袋を着用する。作業中のエリアには札を掲げる。そうしたルールを徹底させました」

 

学生フォーミュラ 整備士

 

ただ速い車を作ればいいわけではない。

「事故を起こさず、安全に運用してこそプロ」

現場の整備士が持つべき高い倫理観とリスク管理能力が、彼にはすでに備わっている。

 

実際、自動車業界では「安全第一」という言葉が単なるスローガンではなく、絶対的な行動規範だ。どんなに優れた技術を持っていても、安全意識の低い人材は現場では通用しない。

この「安全への感度」の高さこそ、企業が学生フォーミュラ経験者を高く評価し、採用したがる大きな理由の一つなのだ。

 


「憧れ」で終わらない 経験が自信に変わるとき

 

ICVリーダーのTさんは、活動当初から「トヨタ自動車での開発職」という明確な目標を持っていた。

しかし、スタート地点は決して恵まれていたわけではない。普通科高校出身のTさんは、入学当初「グラインダーの火花が怖くてビビりながら作業していた」と語るほど、ものづくりは未経験だった。

 

ICVチームが決めたマシンのコンセプトは「リファイン(改良)」

前年度のデータを活かして弱点を一つずつ潰していくこのアプローチは、実際の自動車開発における「カイゼン」の思想そのものだった。

 

1年間、設計、製作、テスト走行、そしてトラブルシューティング。

自動車開発のすべてのプロセスを実体験として体に叩き込んだTさんは、見事に目標を達成し、トヨタ自動車から内定を獲得した。

 

「会社に入ってからも、学生フォーミュラと同じ開発プロセスを歩むことになると思います。もちろんレベルは違いますが、『一度やったことがある』という経験は自信になります。この活動で得た知見が、現場で必ず役に立ってくれると信じています」

 

Tさんが手にしたのは、内定通知だけではない。

「自分は開発の現場を知っている」という、エンジニアとしての揺るぎない自信だ。

 


「設計図通り」が通用しない 現場が教えてくれたこと

 

フレームリーダーのWさんは、工業高校で学んだものづくりの技術を活かしたいと、フレーム設計を志願した。

しかし、1年間のプロジェクトを通じて直面したのは、設計と製作の間に横たわる深い溝だった。

 

設計図通りに材料を加工しても、溶接時の熱による歪み、材料の個体差、組み立て順序による誤差の累積。現場では常に「想定外」が発生する。さらに、サスペンション担当のGさんとの連携でも課題が生まれた。フレームに取り付けるはずのサスペンションが「思っていたより付かない」という事態が何度も起きたのだ。

 

Wさんは、こうした問題と向き合う中で、設計者に求められる本質を学んだ。

 

それは、図面を完璧に描くことではない。製作担当と密に相談し、時には自分で溶接の手伝いをしながら、現場の視点を理解すること。他部門のメンバーと対話し、お互いの制約を理解しながら、妥協点を見つけていくこと。

 

「フレームが完成した瞬間が、一番の達成感でした。先輩の力を借りながら自分が設計したフレームが実際にできあがった時は、感無量でした」

 

学生フォーミュラ 整備士

 

Wさんのこの言葉の裏には、何度も失敗し、現場と対話し、解決策を見出してきた「実践力」が潜んでいる。

 

企業の現場では、設計部門と製造部門の連携が製品の品質を左右する。図面を描くだけでなく、「作りやすさ」を考慮した設計ができるエンジニアは、現場で即戦力として活躍できる。

Wさんは、その力の基礎を学生のうちに身につけたのだ。

 


チームを動かす リーダーシップの真実

 

統括リーダーとしてのHさんには、技術的な課題以上に困難な壁があった。「人を動かす」ことだ。

 

「この活動は卒業研究の一環でもあり、メンバーの中には何となく参加している学生もいます。指示を出してもなかなか動いてくれなかったり、活動にあまり参加してくれなかったりすることがあり、精神的にきついものがありました」

 

泣きたくなるような夜もあったという。しかし、Hさんは感情的になることを避け、アプローチの仕方を常に工夫した。

 

「意見が分かれた時こそ、両方の意見のメリット・デメリットを書き出して明確化し、『この2つの案から、さらに良い第3の案は出ないか』という方向に思考を向けるようにしました」

 

これは、ビジネスの現場で求められる「ファシリテーション能力」そのものだ。対立を避けるのではなく、対立を建設的な議論に変える。そして、チーム全体が納得できる解決策を導き出す。

44人のメンバーを束ね、2台のマシンを完成させたHさんの経験は、企業の採用担当者にとって極めて魅力的に映るはずだ。なぜなら、それは「マネジメント能力」の証明に他ならないからだ。

 

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クルマをつくる。ヒトもつくる。

 

マシンという「モノ」を作る過程で、彼らは知らず知らずのうちに、自分という「ヒト」をも作り上げていた。

どんなトラブルにも動じない『胆力』

見えない危険を予知し、仲間を守る『安全意識』

開発の全工程を俯瞰できる『広い視野』

設計と製作の橋渡しができる『現場力』

チームを一つにまとめる『リーダーシップ』

 

これらは、教科書を読んだだけでは絶対に身につかない。油と泥にまみれ、チームで戦い抜いた者だけが得られる「勲章」だ。

この「勲章」は、どんな壁にぶつかっても真っ直ぐひたむきに、そして真摯に向き合い続けたからこそ得られたものである。


即戦力の証明「学生フォーミュラ経験者」

 

自動車業界は今、大きな変革期を迎えている。電動化、自動運転、コネクテッド技術,シェアリング。

次々と押し寄せる技術革新の波に対応するため、企業は「自ら考え、自ら動ける人材」を切実に求めている。

 

そして、その答えの一つが「学生フォーミュラ経験者」なのだ。

 

トヨタ自動車をはじめとする完成車メーカー、数百社に及ぶ部品メーカーが学生フォーミュラを支援する理由は、単なる社会貢献ではない。それは、未来の即戦力となる人材を発掘し、育成するための「戦略的投資」なのである。

 

実際、多くの企業の採用担当者は「学生フォーミュラ経験者」という経歴を高く評価する。それは、この活動を通じて以下のような能力が証明されるからだ。

・技術力 :設計から製作、テストまでの実践経験

・問題解決能力 :前例のない課題に自ら取り組む姿勢

・チームワーク :異なる専門性を持つメンバーとの協働

・リーダーシップ :プレッシャーの中でチームを導く力

・安全意識 :リスクを予見し、対策を講じる責任感

・粘り強さ :困難に直面しても諦めない精神力

 

これらすべてが、本プロジェクトを完遂したという「事実」によって証明される。だからこそ、「学生フォーミュラをやり遂げた」という経歴そのものが、何より信頼できる「即戦力の証明」になるのだ。

 


44人、それぞれの成長

 

もちろん、全員がTさんのように大手メーカーへの就職を目指しているわけではない。

整備士として地域に貢献したい学生、部品メーカーで特定の技術を極めたい学生、あるいは全く別の道を選ぶ学生もいるだろう。

 

しかし、どの道を選んだとしても、学生フォーミュラで培った力は確実に彼らの武器になる。

ICVサブリーダーのGさんは、技術力とは別の、もっと根源的な力を得たと語る。

 

「私たちはコロナ禍もあって、これまであまり人と関わる機会がなかった世代です。学生フォーミュラで仲間と一緒に作業をすることで、人としての成長も感じられました」

 

Gさんもまた、普通科出身で、溶接経験はゼロ。

サスペンション担当として、フレームとの連携に苦労し、製作過程では意見の衝突もあった。

しかし、その度に対話を重ね、妥協点を見つけ、前に進んだ。

 

「妥協できないところは、お互いにしっかり確認して、両者の了承を得てから作業を進めるようにしました」

 

学生フォーミュラ 整備士

 

コミュニケーション能力、協調性、対人関係の構築。

これらは、どんな職業においても必要不可欠な「社会人基礎力」だ。

 

44人のメンバー全員が、それぞれの立場で、それぞれの成長を遂げた。

そして、その成長は2台のマシンという形で結実した。

 


技術者として、人として

 

1年前、彼らの多くは火花を怖がり、CADを触ったこともない学生だった。

しかし今、彼らは自信を持って語る。

自分たちは、ここまでやり遂げた」と。

 

その自信は、決して傲慢なものではない。

数え切れない失敗と挫折を乗り越え、仲間と共に困難を突破してきた者だけが持つ、確かな自信だ。

 

技術者として、そして人として大きく成長を遂げた学生たち。

彼らが手にしたその力が、いよいよ試される時が来る。

 

次回、ついに大会当日。筋書きのないドラマの中で、彼らの成長の真価が問われる。

1年間の挑戦は、どのような結果を生むのか。

「ポンコツ号」と「T-MEC E 01」

2台のマシンに込められた44人の想いが、全国の舞台で花開く。

 

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