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【学生フォーミュラ第5弾】学生フォーミュラが育んだ"人間力"~完成したのは車だけじゃない~
もしあなたが、未来の自動車産業を担う人材を探しているとしたら。
その原石は、油と火花が散る、この場所で磨かれている。
「学生フォーミュラ経験者」
この経歴を持つ学生たちが、なぜ自動車業界から熱い視線を集めるのか。それは、彼らがマシンを作る過程で、技術だけでなく、将来にわたって通用する強力な「武器」を手に入れるからだ。
これから語るのは、教科書では決して学べない「社会人基礎力」が、いかにして「学生フォーミュラ」の中で鍛え上げられていくのか。その秘密を解き明かす物語である。
「就職のため」計算高い動機が、本物の熱狂に変わるまで
意外にも、この過酷なプロジェクトへの参加動機は、誰もが最初から高尚な志を持っていたわけではない。
例えば、統括リーダーを務めたHさんの動機は、極めて現実的で冷静なものだった。
「私には大した理由はなくて、就職のためです。ストレスのかかるプロジェクトの中でリーダーを務め、周りを統括する経験が欲しくて参加しました」
いわば「履歴書を埋めるため」の参加。企業の採用担当者が好む「リーダーシップ経験」を手に入れるための、戦略的な選択だった。
しかし、その計算高い動機は、プロジェクトが進むにつれて計算外の熱狂へと変わっていった。
「やり始めたらすごく楽しくて、今は夢中になってやっています」
Hさんが手にしたものは、面接で話すための小手先のエピソードではなかった。それは、どんな修羅場でも動じない、本物の「胆力」だった。
「大きな壁に直面した時に、挫折するのか、乗り越えるのか。学生フォーミュラで『どんな壁にぶつかっても、モチベーションを保って挑めばいつかは越えられる』という成功体験を得られたことは、今後のキャリアにおいても大きな財産になると考えています」
実際、Hさんは大会直前に発生した「CAN FD」という前例のない技術的課題に直面した。ネットを調べても情報が出てこない。他大学に聞いても「知らない」という状況。それでも諦めず、プロの技術者と週に一度会議を重ね、ヒントを元に自分たちで考え抜き、解決策を見出した。
きっかけは打算でも構わない。
重要なのは、いざゴールに立った時、どんな逆境にも負けないエンジニアとしての「太い骨格」が形成されているかどうかなのだ。
「遊び」じゃない プロ顔負けの安全意識
EV(電気自動車)チームのパワートレインリーダー、Sさんが学生フォーミュラに入ったきっかけは、趣味の「ラジコン」だった。
「ラジコンが好きだから、実車も作ってみようかな」という軽い気持ち。しかし、実際に開発現場に立った時、彼のアマチュア気分は一瞬で吹き飛んだ。
彼が担当するのは、ミスをすれば命に関わる「高電圧」を扱うセクションだ。EVのバッテリーは最大600V、一般家庭のコンセントの6倍もの電圧を持つ。見えない電気という存在に、Sさんは徹底的に向き合った。
そこで彼が最優先したのは、「速さ」よりも「安全」だった。
「電気は目に見えません。だからこそ、誰が見ても『今は危険な状態だ』と分かるようにする必要があります。高電圧作業中は必ずオレンジ色の専用手袋を着用する。作業中のエリアには札を掲げる。そうしたルールを徹底させました」
ただ速い車を作ればいいわけではない。
「事故を起こさず、安全に運用してこそプロ」
現場の整備士が持つべき高い倫理観とリスク管理能力が、彼にはすでに備わっている。
実際、自動車業界では「安全第一」という言葉が単なるスローガンではなく、絶対的な行動規範だ。どんなに優れた技術を持っていても、安全意識の低い人材は現場では通用しない。
この「安全への感度」の高さこそ、企業が学生フォーミュラ経験者を高く評価し、採用したがる大きな理由の一つなのだ。
「憧れ」で終わらない 経験が自信に変わるとき
ICVリーダーのTさんは、活動当初から「トヨタ自動車での開発職」という明確な目標を持っていた。
しかし、スタート地点は決して恵まれていたわけではない。普通科高校出身のTさんは、入学当初「グラインダーの火花が怖くてビビりながら作業していた」と語るほど、ものづくりは未経験だった。
ICVチームが決めたマシンのコンセプトは「リファイン(改良)」
前年度のデータを活かして弱点を一つずつ潰していくこのアプローチは、実際の自動車開発における「カイゼン」の思想そのものだった。
1年間、設計、製作、テスト走行、そしてトラブルシューティング。
自動車開発のすべてのプロセスを実体験として体に叩き込んだTさんは、見事に目標を達成し、トヨタ自動車から内定を獲得した。
「会社に入ってからも、学生フォーミュラと同じ開発プロセスを歩むことになると思います。もちろんレベルは違いますが、『一度やったことがある』という経験は自信になります。この活動で得た知見が、現場で必ず役に立ってくれると信じています」
Tさんが手にしたのは、内定通知だけではない。
「自分は開発の現場を知っている」という、エンジニアとしての揺るぎない自信だ。
「設計図通り」が通用しない 現場が教えてくれたこと
フレームリーダーのWさんは、工業高校で学んだものづくりの技術を活かしたいと、フレーム設計を志願した。
しかし、1年間のプロジェクトを通じて直面したのは、設計と製作の間に横たわる深い溝だった。
設計図通りに材料を加工しても、溶接時の熱による歪み、材料の個体差、組み立て順序による誤差の累積。現場では常に「想定外」が発生する。さらに、サスペンション担当のGさんとの連携でも課題が生まれた。フレームに取り付けるはずのサスペンションが「思っていたより付かない」という事態が何度も起きたのだ。
Wさんは、こうした問題と向き合う中で、設計者に求められる本質を学んだ。
それは、図面を完璧に描くことではない。製作担当と密に相談し、時には自分で溶接の手伝いをしながら、現場の視点を理解すること。他部門のメンバーと対話し、お互いの制約を理解しながら、妥協点を見つけていくこと。
「フレームが完成した瞬間が、一番の達成感でした。先輩の力を借りながら自分が設計したフレームが実際にできあがった時は、感無量でした」

Wさんのこの言葉の裏には、何度も失敗し、現場と対話し、解決策を見出してきた「実践力」が潜んでいる。
企業の現場では、設計部門と製造部門の連携が製品の品質を左右する。図面を描くだけでなく、「作りやすさ」を考慮した設計ができるエンジニアは、現場で即戦力として活躍できる。
Wさんは、その力の基礎を学生のうちに身につけたのだ。
チームを動かす リーダーシップの真実
統括リーダーとしてのHさんには、技術的な課題以上に困難な壁があった。「人を動かす」ことだ。
「この活動は卒業研究の一環でもあり、メンバーの中には何となく参加している学生もいます。指示を出してもなかなか動いてくれなかったり、活動にあまり参加してくれなかったりすることがあり、精神的にきついものがありました」
泣きたくなるような夜もあったという。しかし、Hさんは感情的になることを避け、アプローチの仕方を常に工夫した。
「意見が分かれた時こそ、両方の意見のメリット・デメリットを書き出して明確化し、『この2つの案から、さらに良い第3の案は出ないか』という方向に思考を向けるようにしました」
これは、ビジネスの現場で求められる「ファシリテーション能力」そのものだ。対立を避けるのではなく、対立を建設的な議論に変える。そして、チーム全体が納得できる解決策を導き出す。
44人のメンバーを束ね、2台のマシンを完成させたHさんの経験は、企業の採用担当者にとって極めて魅力的に映るはずだ。なぜなら、それは「マネジメント能力」の証明に他ならないからだ。
クルマをつくる。ヒトもつくる。
マシンという「モノ」を作る過程で、彼らは知らず知らずのうちに、自分という「ヒト」をも作り上げていた。
どんなトラブルにも動じない『胆力』
見えない危険を予知し、仲間を守る『安全意識』
開発の全工程を俯瞰できる『広い視野』
設計と製作の橋渡しができる『現場力』
チームを一つにまとめる『リーダーシップ』
これらは、教科書を読んだだけでは絶対に身につかない。油と泥にまみれ、チームで戦い抜いた者だけが得られる「勲章」だ。
この「勲章」は、どんな壁にぶつかっても真っ直ぐひたむきに、そして真摯に向き合い続けたからこそ得られたものである。
即戦力の証明「学生フォーミュラ経験者」
自動車業界は今、大きな変革期を迎えている。電動化、自動運転、コネクテッド技術,シェアリング。
次々と押し寄せる技術革新の波に対応するため、企業は「自ら考え、自ら動ける人材」を切実に求めている。
そして、その答えの一つが「学生フォーミュラ経験者」なのだ。
トヨタ自動車をはじめとする完成車メーカー、数百社に及ぶ部品メーカーが学生フォーミュラを支援する理由は、単なる社会貢献ではない。それは、未来の即戦力となる人材を発掘し、育成するための「戦略的投資」なのである。
実際、多くの企業の採用担当者は「学生フォーミュラ経験者」という経歴を高く評価する。それは、この活動を通じて以下のような能力が証明されるからだ。
・技術力 :設計から製作、テストまでの実践経験
・問題解決能力 :前例のない課題に自ら取り組む姿勢
・チームワーク :異なる専門性を持つメンバーとの協働
・リーダーシップ :プレッシャーの中でチームを導く力
・安全意識 :リスクを予見し、対策を講じる責任感
・粘り強さ :困難に直面しても諦めない精神力
これらすべてが、本プロジェクトを完遂したという「事実」によって証明される。だからこそ、「学生フォーミュラをやり遂げた」という経歴そのものが、何より信頼できる「即戦力の証明」になるのだ。
44人、それぞれの成長
もちろん、全員がTさんのように大手メーカーへの就職を目指しているわけではない。
整備士として地域に貢献したい学生、部品メーカーで特定の技術を極めたい学生、あるいは全く別の道を選ぶ学生もいるだろう。
しかし、どの道を選んだとしても、学生フォーミュラで培った力は確実に彼らの武器になる。
ICVサブリーダーのGさんは、技術力とは別の、もっと根源的な力を得たと語る。
「私たちはコロナ禍もあって、これまであまり人と関わる機会がなかった世代です。学生フォーミュラで仲間と一緒に作業をすることで、人としての成長も感じられました」
Gさんもまた、普通科出身で、溶接経験はゼロ。
サスペンション担当として、フレームとの連携に苦労し、製作過程では意見の衝突もあった。
しかし、その度に対話を重ね、妥協点を見つけ、前に進んだ。
「妥協できないところは、お互いにしっかり確認して、両者の了承を得てから作業を進めるようにしました」
コミュニケーション能力、協調性、対人関係の構築。
これらは、どんな職業においても必要不可欠な「社会人基礎力」だ。
44人のメンバー全員が、それぞれの立場で、それぞれの成長を遂げた。
そして、その成長は2台のマシンという形で結実した。
技術者として、人として
1年前、彼らの多くは火花を怖がり、CADを触ったこともない学生だった。
しかし今、彼らは自信を持って語る。
「自分たちは、ここまでやり遂げた」と。
その自信は、決して傲慢なものではない。
数え切れない失敗と挫折を乗り越え、仲間と共に困難を突破してきた者だけが持つ、確かな自信だ。
技術者として、そして人として大きく成長を遂げた学生たち。
彼らが手にしたその力が、いよいよ試される時が来る。
次回、ついに大会当日。筋書きのないドラマの中で、彼らの成長の真価が問われる。
1年間の挑戦は、どのような結果を生むのか。
「ポンコツ号」と「T-MEC E 01」
2台のマシンに込められた44人の想いが、全国の舞台で花開く。





