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トヨタが本気で香りを開発。まさかクルマがそうなるとは...
突然ですがこの装置、なにか分かりますか?
実はこれ、香りを発生させる装置(試作品)。3種類の香りをクルマのなかで発生させることができるのだが、なんとトヨタが本格的に“香り”の開発を進めているという。
車室と同じような大きさの箱で、香りの拡散時間や、強さ、質の変化を評価する クルマの香りといえば、乗り物酔いの原因など、ネガティブな印象をもつ人もいるだろう。しかし今後の「クルマの香り」は、まったく違うイメージになるかもしれない。
車内が、香りで気分を変えられる「空間体験」の場になる可能性があるのだ。今回の記事は、香りに関する雑学だらけ。知らない情報が何個あったか数えながらお楽しみください!
新車のにおいって…そうだったんだ!
香りの感じ方は、性別、年齢、好み、国や地域で人それぞれ違うという。
においを感知するのは、鼻の奥に約400種類も存在するという嗅覚受容体。それらが連携して脳に信号を送ることで、人間は多様な香りを識別。数十万種以上ものにおいを認識できるという。
一般的な分析器や臭気センサーより、人間のほうが微細な違いを瞬間的に感知できるそうだ。すごいぞ人体!
また、においは個人の“経験や記憶”と結びつく。そのためバラの香りを忠実に再現しても、本物のバラの香りを知らない人は「なに?この青臭い香り…」と眉をひそめることもあるそうだ。
ちなみに新車の独特のにおいは、何のにおいかご存じでしょうか?ネット上では「接着剤のにおい」と記載されることもあるが、実はそれだけではない。
接着剤、それに樹脂、ウレタン、ゴム、革などの複合的なものだという。
好きな人もいれば、嫌いな人もいるにおいなので「消せないんですか?」とトヨタの担当者に聞くと、一部の強いにおいを消すと今度は別のにおいが目立って気になってくるそうで…。人間の鼻ってすごいんですね…
また、トヨタ社内には鼻が利きすぎる、超マニアックな社員もいるという。
国内だけでも10を超える各工場で製造されるトヨタ車だが、なんと工場ごとでにおいの違いがあり、鼻を利かせるだけで「どの工場でつくられたか」を言い当てることができるという。
嘘みたいな雑学は後半にも載せるとして、今回の取材対象はこのプロダクトだ。
香り探求から生まれたLEXUSのフレグランスである。とはいってもカラダに付けるものではない。クルマで使うものだ。
香りをつくることは、体験をつくること
暮らしのニーズに寄り添って開発されるクルマだが、“部屋でくつろぐ”ように、車内で過ごす人が増えている。家に自分のスペースが少ないという事情もあるそうだ。
このようにクルマの使われ方は多様化。
そこでトヨタは、新たなクルマのあり方として五感での体験価値に着目。その重要な要素の一つとして2019年からフレグランスの開発をスタートさせた。
カラー&感性デザイン部 デザイナー 戸澤早紀
自動車業界には、モノの表面をデザインするCMF「Color:色」「Material:素材」「Finish:仕上げ」の考え方がありますが、そこに、五感での「Experience:体験」を追加したCMFXデザインが注目されています。
私たちは、お客さまにどんな気持ちになってもらいたいかから逆算し、香りづくりにチャレンジしました。
そして2025年発表のLEXUS ESでは、ブランドのシグネチャーアイテムである“バンブー”を取り入れたオリジナルフレグランスが発表されたのだ。
車内前方のグローブボックス内に香りの発生器が備わっており、5種の香りから3種のお好みのカートリッジを同時搭載可能。インパネ奥のスピーカーグリルから香りが発生する仕組みだ。
当初、開発は難航したという。車内用の香りをつくることは、部屋用の香りをつくるよりも難易度が高かったのだ。
レクサスボデー設計部 望月美紗子 主任
香りづくりには2つのフェーズがあります。1つは狙いどおりの香りをつくること。2つめはそれを車中で再現すること。
狙いどおりの香りが完成しても、クルマのなかだと香料の一部しか感じられなかったり…。上手く進まなかったんです。
車内前方から放たれた香りは、エアコンの風を受けたり、乗員やシートにあたりながら拡散していく。そのため、どこから香りを出すかが重要だったのだ。
このプロジェクトには「クサイにおいのプロです」と語る女性も参加。経歴を聞いてみると…
“悪臭側”からチームに入りました(笑)
夏場の閉め切った車内は気温が50度を超えることも。これが香りの難敵だった。
モビリティ材料技術部 中村桐子
50~100種の成分を混合して調香していますが、高温だと飛んでしまう香りもある。厳しい条件下でも、お客様に満足いただける香りを維持するための評価テストも繰り返しています。
中村は有機化学の専門家。快適な車内を目指して、クルマの“嫌なにおい”を消臭するプロだ。
「私は“悪臭側”からチームに入りました。クサイ原因を突き止めるのは得意」と笑いつつ、評価テストの現場も見せてくれた。
長時間にわたって熱を加え、香りの持続テストを繰り返す また、過酷な条件でもフレグランスが発火しないかなど、多くの部署が一体となって品質・安全の評価を繰り返している。
総括部署で働いていた加藤は、フレグランスに昔から興味があり、香りの評価をしているうちにチームの一員に。楽しそうなプロジェクトを「鼻がかぎつけた」と笑う。
車両技術開発部 加藤麻美
混合されている成分は、それぞれの沸点や吸着力が異なります。そのため、香り立ちの特徴も異なります。さらに紙やセラミックなど染み込ませる素材でもまったく香りの質が違う。車載用のバランスを整えるのが難しかったです。
97回の試作を経て、ついに日本らしい竹の香調を含んだ5つの香りが完成。今後はLEXUS ESだけでなく、他のLEXUS車への展開が期待されている。
においがない場所?若い女性は○○の香り?
あらゆる香りを何度も嗅ぐので、開発中は鼻のリセットも重要だ。一般的にはコーヒー豆の香りがリセットに効果的といわれるが、実は「腕をかぐ」など自分のにおいも効果的だという。
また“においがない”場所はないと言われるが、2つ特別な場所があるという。どこだと思いますか?
答えは、「宇宙」と「エベレストなどの高山の山頂」だ。
登山家は標高が高い場所で、においが恋しくなることもあるため、登山時に香りが強いものを持って行くこともあるそうだ。また、朝より夕方は鼻が弱るという話や、若い女性は桃の香りがするという嘘みたいな雑学も…!
香りを本気で追究しているメンバーだからこそ、多くの興味深い話が聞けた。ちなみに開発中に悩んだことは、試作車でまったく香りが出なかったことだという。
「香料を入れるカートリッジの樹脂に、バンブーの素材を使っているのですが、竹の消臭効果でにおいが吸収されていたんです」と笑い話のようなエピソードが。慌てて配合を再調整したそうだ。
現在、香りの体験を提供する自動車メーカーは増えているが、調香師と二人三脚でオリジナルを創り出すメーカーは世界でも稀だという。
スイスに本社を置く世界最大級の香料メーカー、ジボダン社の調香師ともゼロから一緒に開発。だが、百戦錬磨のプロでさえ車室空間にフォーカスした調香は初めて。未開の世界だからこそ何度も壁にぶちあたり、その度に新たな知見を増やしていった。
クルマの新たな価値をつくりだすチャレンジは、香りに留まらない。
嗅覚だけではなく他の感覚にも訴えかけ、自宅のリビングのようにくつろげる「Sensory Concierge(センサリーコンシェルジュ)」をLEXUS ESに初搭載。
イルミネーションや音楽、マルチメディア動画、空調。さらにシートのリフレッシュ機能やヒーターが連動することで乗員をリラックスさせたり、高揚させたりするという。
もはや移動ツールを超えて、家の外にある1つの部屋。今までの常識に捉われず、クルマはますます楽しいものになっていきそうだ。モビリティの未来にご期待いただきたい!